昭和生まれのお婆ちゃんの今は昔の物語

つい昔はね〜と言ってしまい、子供達から時代が違うと言われてしまいいじけてしまいそうになる事を徒然なるままに書き綴って行く今は昔の今昔物語

うん○がつく!は、運がつく!!

昔、私がまだ小学生だった頃。

土手を歩いていると、よく馬や牛に出くわした。

球磨川沿いの土手は草の宝庫!
草を食んでいる姿もよく見かけた。

今 ではもう見ることは出来ないけれど、田舎じゃよく見る風景だったわ。

たまにだけど学校帰りに馬の糞を踏んづける事が!

足元なんか見ちゃいないから、あっと思った時はもうあとの祭り。

糞と一緒に帰る帰るしかない。

家に着いたら、中には入らず母を呼ぶ。

母は臭いで全てを察知!(笑)

裏庭で下駄に履き替えさせて裏の小川で靴を洗ってくれてたわ。

ゴム手なんか無かったから、素手でたわしでゴシゴシやっていたんだと思う。

その時いつも日母が言っていた言葉が

「運がついたから明日はきっと良いことある!」

そう言って慰めてくれてた。

だけど、今から思えば、
母は自分に言っていたんじゃないかと!

昭和30年代。
まだ戦後の名残もある時代。

父は長男で、兄弟姉妹も多かったから、
決して生活は楽ではなかったと思う。

母と祖母が、日銭稼ぎに、縁側でむしろを打っていたのを覚えている。

バケツ1杯のおからが一円で買えた。

銭という単位は無かったけれど、スズメの卵というお菓子は元値が1個50銭だったから二個で一円で売られていた。

多分母達がむしろを売って稼いだお金が、たまにくれるお小遣いの原資だったんじゃないかな!

って、今だから思う。

たまに貰った10円を握りしめて、お店へ一目散!

大好きなスズメの卵を20個、小さな紙袋に入れてもらって喜び勇んで帰ってたわ(笑)

その頃の100円はお札で、50円玉は確か鳳凰の絵が入った大きな硬貨だった。

今とは単位はおなじでも、価値はかなり違うから、10円と言えど私には大金だったよ。

その頃の卵も1個10円

卵は高価な食べ物だったのが、今まではスーパーの安売り商品に!

大量生産するようになって良かったのか悪かったのか?

昔の卵は有精卵だったけれど、今の卵は無精卵だから、ひなは生まれない。

もしかしたら私たちか食べている卵は本当の卵じゃないかも??